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コリログ

青コリが書く雑文。ブラゲからガジェットまで

人見知りを私はこうして克服した。体験談まとめ

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人見知りを私はこうして克服しました。

昨日ひさしぶりに僕は見ず知らずのお偉いさん達と話をするという飲み会に参加したんですが、仕事での人見知りはほぼ克服できたのですが、仕事以外となると相変わらず人見知りが激しくてまだまだからっきし駄目だという感覚を久々に感じました。合コンでつまらない男と言われたことがきっかけで話題を増やそうとブログを始めたのは黒歴史ですが、3年続いても人は変わらないそれだけは分かりました。しかし、出来れば人見知りを治して人生を楽しみたい。ということで、先人達の知恵を借りるべくランサーズで依頼してみた。

友達のたった一言で転機が訪れた日!

今思えば有難いことだったと思うのですが、当時の私はそのことがとても苦痛でした。
早く帰りたいと、子供ながらにこう思っていた記憶もあります。

この環境が影響したのかはわかりませんが、
小学校に入学する年頃になっても、なかなか自分から人と話すことをしなかった私。
おてんばなクラスメイトに、ひどくからかわれたこともありましたし、
担任の先生には、「大人しくて何を考えているのか掴みずらい」と、
母がこう言われたことを、私に話したことを覚えています。

真面目でいい子ちゃん・・・
こんな印象を持たれていた私は、このことがとても嫌だったのです。
そして、小学校生活も残すところあと1年という学年で、
学校でも不良で有名な女子生徒と、たまたま一緒のクラスになったのです。
当然しばらくは会話などしたことがなかったのですが、
ある日トイレでばったり会ったのです。
そこで、一言二言簡単な会話を交わしたでしょうか。
すると彼女が突然、「あんた面白いね!」と、こう言ってきたのです。
正直、彼女のことを不良少女と聞いていたので、ビビっていたことは事実です。
しかし、この一言がやけに嬉しかったものです。

この日を境に、彼女と一緒に行動することが多くなった私。
しかし、彼女の見た目もやることも、不良と言えば不良ではありました。
ただ、一緒の時間を共有する中で、普通の生徒と変わりない部分も沢山持っていたのです。
明るい彼女といることで、1人2人と友達もできるようになりました。
そんな私を見て彼女が言った言葉は、「明るくなったね!」という一言でした。

当時私の母は、不良と噂のある彼女と友達でいることに、とても反対していました。
しかし、悪い子ではないと私が訴え続けたことで、母も彼女の良さを知り、
卒業する頃にはとても可愛がっていたものです。

もし彼女と同じクラスになっていなかったら、
私はその先の人生も、人と会話をもたず、
自分が思っていることを、全く口に出さないタイプだったかもしれません。

あれから長い年月が過ぎました。
しかし、今でも彼女のことは鮮明に覚えていますし、
今も元気で楽しい人生を送っていてほしいと、
そう心で願っているのでした・・。

 

“内向型”のための雑談術―自分にムリせずラクに話せる51のルール

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アルバイトでの多数の人間との付き合いが人見知りを改善して

私は幼い頃から転校が多かったせいもあってか、新しい環境に慣れるのに苦労する事が多く、人見知りで中々人と馴染む事が出来ませんでした。小学校時代、せっかくクラスの同級生と遊ぶ機会を持ったかと思えば、いつの間に自分だけ約束をすっぽかされ仲間外れにされる事もしばしば。こうした経験を積み重ねるにつれ他人に対する好奇心や興味よりも前に不信感や恐怖が出てしまい、余計に初めての人との交流を遠ざけてしまう結果となってしまったのです。
中学校から高校時代に至るまで、自分の中である程度覚悟が出来たからか、こうしたケースで落ち込む事も少なくはなったのですが、相変わらず人見知りで積極的に人と打ち解けたり友人を作ろうという気にはなれず、向こうから興味を持ってくれたほんの少数の友人を作ったのみに終わりました。
地方の大学に進学しても現地の同学部の学生とは殆ど関わりを持つ事無く卒業、結局そういった不信感から就職活動にも専念できないまま、アルバイトとしてその後の数年間を過ごす事となったのですが、その中でようやく自分の中で吹っ切れた気持ちとなり、人見知りをも克服する事が出来たのです。
アルバイトの内容はスタッフの出入りの激しい雑務・工場系の派遣アルバイト。私の派遣されていた先の工場では下手をすると1週間ごとにそこで働くスタッフの半数以上が入れ替わってしまい、長くその工場での作業経験を持っていた私がその都度仕事を教える羽目となったのです。こうなると人見知り等と言っていられませんから、必然的にこの段取りを繰り返す度に度胸が付いていったのです。やがて私がその現場でのリーダーとなり、仕事を教えるだけでなく、タイムシートの管理や事務所への業務報告等の雑務も並行してこなす様になりました。ここまで来るとだいぶ自分の言動にも自信が付き、他のスタッフの多少イレギュラーな反応にも恐れず的確に対応出来る様になっていったのです。
そういった過程の中で、腹を割って話せる信頼あるバイト仲間が何人も出来る様になり、より自分のコミュニケーションに自信を持てる様になったのです。
現在、人見知りの当時からは考えられない様な営業職に就いていられるのも、こうしたアルバイトの中での経験のおかげです。

 

超一流の雑談力

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SNSで予行練習をして人見知り克服

小さい頃からあまり人と話すことが苦手で、人見知りだと自覚していましたが、社会人になる年にこれではいけないと思い、人見知り克服策として様々なことを試しました。
まず私の場合、どうして人見知りかというと自分から声をかけたりするのが極端に苦手だという理由がありました。
相手から声をかけられておしゃべりをするのならまだしも、自分からは話しかけることが本能的に恥ずかしいと思ってしまっていたのです。
ですからそれを克服しようと、自分から声をかけることを習慣化づけようと思いました。
しかし日常生活では知った顔ばかりに囲まれて、まったく知らない人へ話しかけてみるという体験ができません。
そこで私は色々な人との雑談が楽しめるつぶやき系SNSで、思い切って自分から声がけすることを始めたのです。
といってもSNSだからといってまったくの知らない相手へのメッセージは躊躇してしまう、そこで私の趣味であるゲームにかんして呟いている人に思い切って自分から声がけしてみることにしました。
そのゲームではフレンド機能でゲーム内で一緒に遊ぶこともできます。
そのためメッセージで声がけしていい反応がもらえば、ゲーム内でフレンド登録するなど、最初はちょっと恥ずかしかったですが、自分から話しかけることでフレンドがたくさんつくれてそれがだんだんうれしいと感じようになってきました。
SNSとリアルは違っていますが、けれど何かを自分からスタートするそのアクションはおなです。

ゲームやSNSをとおして、現実でも人見知り克服ができてくるようになりました。
やっぱり好きなことを軸に、私の場合ゲームで苦手克服をしようとしているので、自分への負担も少なく、あの嫌なドキドキがだんだんわくわくに変わってくるのが面白いと感じました。
現実で失敗するのはいやという人も多いですからSNSやフレンド機能のあるゲームなどで練習をすることは最近ならではの人見知り克服策ではないかと思っています。

 

会話の達人の話し方を真似したら人見知りの僕でも楽しく雑談できました

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私の人見知り克服

私は以前人見知りでした。対人関係に不安がある感じでした。克服するきっかけとなったのには、いろいろとあります。まずは、パステル画の教室に行ったことです。元々絵は得意で、小学校の頃は、よく賞をとっていました。そのパステル画の教室の先生の絵がとてもあたたかく素敵な絵で、それに惹かれて習いに行くことにしました。
パステル画の、あたたかな風合いが魅力でした。来ている生徒さんに、よく上手ね、とほめられ、それが自信になり、気持ちも暖かくなりました。お友達のような人もでき、いつも一緒に描いていました。その人の描く絵も素敵で、教室に通っている人の絵を見るのも楽しみでした。猫など、動物をパステル画で描くと、びっくりするくらい精工に描くことができます。まるで生きているようです。屋久杉を描いている人もいて、とても本格的でした。そこでの人との交流により、自信がつきました。

もうひとつは、お弁当を作って配達するボランティアに行ったことです。ここは、ボランティアだけあって、優しい人が多くいました。遠慮なく話をしてくれて、いろいろとお世話になりました。私は料理が好きでよく作るのですが、料理が今どき好きなんて、貴重だ、と大事に重宝していただきました。お弁当を作って配達したあとに、持ち寄ったおかずを食べる風習があったのですが、みなさんとても料理上手な方ばかりで、どれもとてもおいしかったです。私も持って行ったのですが、おいしい、料理上手だと言われました。家で作っても、ほとんどおいしいとは言われたことがなかったため、とてもうれしかったです。ここでも自信がつきました。よく干し芋や桃などを渡され、お土産としてもらいました。そして、どうかまた来てね、と言われました。ここで大事にされたことで、随分自信がつきました。他にも、おいしいお店を紹介してもらい、みんなで食べに行ったりと楽しい思い出がいろいろあります。おいしかったおかずのレシピも聞くと、喜んで答えてもらえました。

 

 

人見知りでも「人脈が広がる」ささやかな習慣

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人見知りというのは無駄ではない

生まれた時から人見知りでした。
きっと予想しなくても学校や職場や、親戚
などたくさんの場面で人見知りの人が
多いんだと思います。
私もそうでした。ずっと母親の後ろに隠れる
ような感じでした。
だいたい保育園のお遊戯会とかでも脇役に
なれたら嬉しい子でした。
そんな私が人見知りを無くせるようになるまで
とてつもなく時間がかかりました。
まず、人見知りになった理由として、
一つ挙げられるのは人と価値観が全く合わない
という物でした。
誰と話をしても、合わせるという当たり前のこと
が苦痛でした。合わせること合わないという
感じにずっと追われていたのです。
でも、コミュニケーションは大事です。
必要不可欠です。何の学校に行こうが仕事を
しようが逃れられないものでもあります。
大変でもあります。
人見知りは自分だけでは直りません。
でも、自分で直さなければなりません。
それだけ人生の中で人見知りを克服するのは
一生難しいんだなと感じています。
私も悩みました。周りは友達が沢山いても
私は居なかったから羨ましいって思わなかった
事もないけど、だいたい一人が好きでした。
克服するというのはやれば出来る事でもあります。
私の場合は、嫌なところにずっと居ないで
気の使わない友達と普通に無理に友達を
作るのやめて少しずつ自分を磨くようにしました。
そした、楽でした。
少しでも動いて自分から話すことも必要だと
改めて学びました。
人と会話するのは、成長にもなります。
私は思うのです。人見知りという人ほど
そこまでの人見知りでは無いということ。動けば
見てくれるのです。
自分でもさらに気づくこともあります。
周りを気にしすぎてることです。
人間なので苦手な人が居て当たり前、だから自分
と合う人間が居ると楽しく居られるのです。
例え、苦手な人が居たらその時は尊敬に気持ちを
変えました。自分が出来ない事が出来てて凄い
とか、この人はこういう事をしてきたのか、
と考え方を、変えるだけでだいぶ、自分が自分で
居られます。
だから、自分が伝えたいのは無理をし無ければ
良いのです。
無理せずに乗り越えればいんだと思います。
克服しなければ人見知り自体は直りません。
そのためにどう動けば良いかは毎日人と関わる
ことだと思います。

 

人見知りが治るノート

人見知りが治るノート